タイトルの「sila」という言葉はイヌイット語で、様々に定義されます。「外、空気、大気、宇宙」といった「外にあるもの」を表し、また「知性や英知」などを表し、さらには大気の精霊の名でもあります。 そして、環境や気象、すべての生命は「sila」という概念のもとにあり、単に単語としての枠を超えて使われています。
イヌイットは厳しい自然の中で、天候にあわせて働き、恩恵を受け、生きています。想像を絶する天気の移ろいのもとに行動し、狩猟で手に入れた他の命を食べて生きる生活は、自然への畏れや尊敬の念を生むでしょう。だからこそ、こうした概念が育つと言えます。
八木は「sila」について「ツンドラを吹き抜ける風のような凛とした響きが感じられる」と語り、15年以上にわたり撮影の旅をしています。その旅の中で「sila」自体を感じ、その存在を意識しながら極地の自然と向き合ってきました。 撮影の旅では、エスキモーやアリュート、イヌイットと共に生活し、猟に行き、食事をします。 だからこそ八木の写真には、被写体と作者の間に、静謐で穏やかな敬意の眼差しが窺えるのでしょう。 伝統的な狩猟の道具は、印画紙という二次元の上で重量さえ感じられるような存在感をたたえ、鈍く美しく光っています。八木が「極地の自然は、儚さとか厳しさという観念さえ超えた、超然とした存在感を放っている。」と語るランドスケープには揺るがない掟が写し出され、自然がすべての生命に対して厳しさと優しさを持つことが垣間見え、生活・家族のポートレートには新しい血が入り多様に広がっていく種族の様、人物のポートレートには自然と共存する中での人々の振る舞いを伝えます。 八木はこれらの作品をプラチナパラジウムプリントで制作しています。 その質感は、動物の表皮や歴史を刻んだ岩肌を忠実に表現し、また厳しい自然の中に暮らす人々の温かくも厳しい表情を再現します。
被写体の風合いや世界観を表現するのにプラチナプリントで作品を作っている作者がこだわりぬいた写真集となりました。64点の作品を収録
400部限定
テキスト:キエスティン・ストランゴ
(社会人類学者、グリーンランド イルリサット博物館前館長)
プリントディレクション:十文字義美 小山秀利(TOPPAN PRINTIN CO.,LTD)
デザイン:八木清 杉本幸夫
コーディネイト:宇賀育男(AINOA INC.),田中圭一(TOPPAN PRINTIN CO.,LTD)
装丁:ハードカバー
出版:フォト・ギャラリー・インターナショナル, 2011年